二〇〇〇年三月十日にマザーズに上場したクレイフィッシュ。マザーズに上場する前に米国のナスダックに上場し、話題を集めたところでマザーズに上場するというその巧みな戦略と、社長松島庸の当時二六歳という年齢が話題になり、メディアやマスコミがネット企業の成功事例としてもてはやした会社だ。しかし、ネットバブルが崩壊したあと、大株主だった光通信との間で経営をめぐってのトラブルが持ち上がる。光通信と少し距離を置くことで、市場からの信用を得たいと考えていたクレイフィッシュが、二〇〇〇年十一月に五億円の違約金を光通信に支払い、光通信との取引関係を解消する。ところが、これでもまだ事態は収まらない。二〇〇一年四月、今度は大株主だった光通信が社長の松島を解任する。これに、松島自身の自社株紛失事件などが複雑に絡み合い、クレイフィッシュの信用は完全に失墜して一方、二〇〇〇年六月に大阪取引証券所と組んで華々しくスタートしたナスダック・ジャパン。ネット業界復活の起爆剤になるかと期待されたが、結果は尻すぼみに終わる。そして二〇〇二年、ついに米ナスダックは日本から撤退することを発表。こうして、ネット企業は完全に冬の時代に突入する。
私は、いずれにせよ基本的にはそれぞれの人間が必要な言葉を使えばよいと感じています。なぜかというと、日本語で情報を出したとき、日本語が読めない人でも本当に日本の情報をほしかった人は、それを翻訳する手立てをなんとか考えて、情報を摂取していたわけです。日本のコンピュータ・ネットワークの初期に、ATIPという調査組織のデビッド・カハナが、日本のネットワークの情報を全部サーベイし、英語にダイジェストして世界に流す作業をしました。このような仕事のおかげで、日本のネットワークが何をしているのかが英語でわかるようになり、いまでは多くの日本研究者が、アシスタントに日本の学生などを雇って、ネットワークの情報を自分用に翻訳、ダイジェストさせるというようなことをしています。
実際のデザインを始める前に、ページの要素をまとめ、ページごとのリンクも詳細に決めておく必要がある。デザイナーとはいえ、建築の部品を一つひとつ決めていくような、サイトの構築能力が問われる。また、デザインを進める際には作成ソフトを使用するのが一般的だが、修正を加える際には、HTMLを自分で書いたり、修正したりする必要があるので、HTMLの基礎的な知識も要求される。また、動画などのマルチメディア的な要素もページに必要とされているため、たとえ自分では作成せずに外部に依頼するにしても、発注に必要な程度の基礎的な知識も必要になる。また、サイトの保守を行っているエンジニアやプログラマーとの交渉能力も大切。大まかな知識やコミュニケーション能力も重要だ。仕事によっては、デザイナーとしてだけでなく、プロデューサーやディレクターとしての仕事も兼ねている。